この記事では、ホロライブのさくらみこが「なんでこんなに叩かれてるの?」と感じる理由や、そこにある炎上の背景、それでもなお多くの人に愛され続けているポイントを、いちファンとしての素直な気持ちでまとめてみます。ネットの空気がピリピリしているときほど、少しだけ立ち止まって考えてみるきっかけになればうれしいです。

さくらみこってどんな配信者?
さくらみこは、ホロライブ所属のバーチャルライバーで、ピンクのツインテールと独特の「みこち語」でおなじみのキャラクターです。ゲーム配信や雑談、歌配信など幅広く活動していて、明るく天然な雰囲気と、たまに見せる努力家な一面がギャップとして人気を集めています。
また、ソロライブやオリジナル楽曲、3D配信など活動の幅もどんどん広がっていて、「ただのゲーム配信者」ではなく、エンターテイナーとしての一面も強くなってきています。そうした活躍の一方で、知名度が上がれば上がるほど、どうしても「叩かれやすさ」もセットでついてきてしまうのが現実です。



過去の炎上エピソードと「燃えやすさ」
さくらみこは、過去にいくつかネットで大きく取り上げられた炎上エピソードがあります。有名なものだと、BL同人誌の内容を配信で取り扱ってしまった件や、コンテンツの扱いに配慮を欠いたことで関係者や視聴者から批判が集まった件などがありました。
最近では、競馬関連の配信や発言をめぐって、視聴者や外部から強い指摘が入り、SNS上でかなり激しい言葉が飛び交う場面も見られました。一度「炎上キャラ」のイメージがついてしまうと、ちょっとしたミスや勘違いでも「またか」と言われやすくなるので、そこからさらに燃えやすい状態になっているようにも感じます。



なぜここまで叩かれてしまうのか
では、なぜここまで強く叩かれてしまうのかというと、いくつかの要因が重なっているように見えます。まず一つは、「著作物やコンテンツの扱い」に対する感度が、界隈全体でどんどん高まっていることです。これまでなら「うっかり」で済んだことが、今は一気に炎上の火種になりやすくなっています。
もう一つは、SNS、とくにX(旧Twitter)の拡散力です。短い言葉で強い感情をぶつけやすい場所なので、冷静な意見よりも、怒りや攻撃的な言葉のほうが目立ちやすくなります。その結果、「実際に配信を見ている人の空気」と、「タイムラインで流れてくる叩きの空気」にズレが生まれ、「そんなに叩かれてるの!?」と感じる現象が起きているようにも思えます。



本人は大丈夫なの?という心配
「ここまで叩かれて、本人は大丈夫なの?」という心配の声もよく見かけます。実際、炎上後に謝罪配信をしたり、しばらく配信が少なくなったりすると、「やっぱり傷ついてるんじゃないかな」と感じてしまうこともあります。
ただ、謝罪や説明の場をきちんと設けて、自分の言葉で話そうとする姿勢も何度も見せています。もちろん心の中までは誰にも分かりませんが、それでも配信に戻ってきて、いつものテンションでリスナーと笑おうとしている姿を見ると、「ああ、まだ前を向こうとしているんだな」と感じる瞬間もあります。



それでも愛され続ける理由
それだけ叩かれることがありながら、それでもさくらみこを応援し続ける人がたくさんいるのには、ちゃんと理由があります。配信中のちょっとした気遣いや、リスナーの名前を覚えていたり、失敗しても笑いに変えようとする前向きさなど、「人柄」に惹かれている人が多いと感じます。
また、炎上を経験したからこそ、言葉の選び方や企画内容に気を配ろうとしている様子も少しずつ見えてきます。完璧にうまくいくわけではなくても、「失敗しても、それでもまた立ち上がって、少しずつ変わろうとしている姿」が、長く見ているファンの心をつかんでいるのではないでしょうか。



推しが叩かれる時、どう向き合う?
推しが叩かれているのを見ていると、胸がぎゅっと苦しくなることがあります。タイムラインを開くたびにきつい言葉が流れてきて、「なんでここまで言うの…?」と、スマホを閉じたくなる日もあります。そんなときは、無理に全部を追いかけず、少し距離を置いたり、公式の情報や本人の発信だけを見るようにするのも一つの選択だと思います。
また、自分まで攻撃的な言葉を投げ返してしまうと、結局は同じ土俵に乗ってしまうことにもつながります。静かに配信を見に行って、再生数やコメント、スーパーチャットではなくても「ただそこにいる視聴者」として支えることも、十分な応援の形です。目に見えないところで、そっと再生ボタンを押す人たちが、実は一番の支えになっているのかもしれません。



「叩く」前に一呼吸おきたいこと
最後に、「叩かれている人」を見たときに、自分自身も一呼吸おきたいなと思うことがあります。切り抜きや断片的な情報だけで判断すると、本当は文脈があったり、本人なりの意図があったりする部分が見えなくなってしまいます。感情が先に走り出しそうなときこそ、「全部を知っているわけじゃないかも」と、一度立ち止まるだけで、少し見え方が変わることもあります。
もちろん、間違っていることはきちんと注意されるべきですし、配信者側にも学ぶべき点はあります。ただ、「傷つけるための言葉」ではなく、「よくなってほしいからこその言葉」が増えていくほうが、配信者にとっても、視聴者にとっても、居心地のいい場所に近づいていくのではないかなと感じます。











